高松高等裁判所 昭和57年(行コ)4号 判決 1983年5月30日
控訴人(原告) 土居栄治
被控訴人(被告) 高知県知事
主文
原判決を取り消す。
控訴人の本件訴えを却下する。
訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 本件を高知地方裁判所に差し戻す。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張及び証拠関係
次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決四枚目裏一行目の「利益を欠き」の次に「、また、出訴禁止規定に違反するものであつて、」を加える。
2 同五枚目表一一行目の次に次のとおり加える。「また、調整手続法五〇条は、『裁定を申請することができる事項に関する訴は、裁定に対してのみ提起することができる。』と規定し、原処分に対する訴えを禁止しているところ、本件処分は、右の『裁定を申請することができる事項』に該当する原処分であるから(採石法三九条一項)、本件処分の無効確認を求める本件訴えは、右の出訴禁止規定に違反し、不適法である。」
3 同六枚目表五行目の「有する」を「有し、出訴禁止規定にも触れない」と改める。
4 同六枚目裏五行目の次に次のとおり加える。「また、調整手続法五〇条の規定は、処分の取消しの訴えについて例外的に裁決前置主義を採ることとしている行政事件訴訟法八条一項ただし書所定の法律の定めであるにすぎないところ、同ただし書の規定は無効確認の訴えには準用されていないし、行政処分の無効はいつでも誰でも主張しうべきものであつて裁決前置主義等の制約に服すべきではないから、本件処分の無効確認を求める本件訴えは、調整手続法五〇条の規定によつて禁止されるものではない。」
二 当審における双方の主張
1 控訴人
別紙(一)記載のとおり。
2 被控訴人
別紙(二)記載のとおり。
理由
一 控訴人の本件訴えは、被控訴人が訴外田中オリビン礦業株式会社に対し昭和五五年八月一一日付でした採石法三三条の規定に基づく採取計画認可処分(以下「本件処分」という。)の無効確認を求めるものであるところ、被控訴人は、本件訴えが、原告適格、訴えの利益及び行政事件訴訟法三六条所定の要件を欠き、更には鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律(以下「調整手続法」という。)五〇条の規定により禁止されているものであるから、不適法である旨主張するので、以下、右の調整手続法に関する主張について検討する。
1 採石法三九条一項は、同法三三条の認可に係る処分に不服がある者は公害等調整委員会に対して裁定の申請をすることができる旨を定め、これに関して、調整手続法五〇条は、「裁定を申請することができる事項に関する訴は、裁定に対してのみ提起することができる。」と定め、なお、調整手続法五七条は、裁定に対する訴えの第一審を東京高等裁判所の専属管轄とする旨を定めている。しかして、これらの定めと、調整手続法のその余の規定及び公害等調整委員会設置法の規定並びに行政事件訴訟法の抗告訴訟に関する規定を総合して考えると、行政庁の処分等(原処分)及びこれについての不服申立てに対する行政庁の裁決等がなされた場合には、そのいずれについても抗告訴訟を提起できるのが原則である(ただし、裁決等については、行政事件訴訟法一〇条二項の規定により、原処分の違法を主張することはできない。)が、採石法三三条の認可に係る処分に対する不服については、右原則に対する例外としていわゆる裁決主義が採られ、まず裁判所的な対審構造及び独立性等を具備した準司法機関である公害等調整委員会が慎重な手続により裁定を行うことなどにかんがみ、その裁定が実質的には行政権による最終的な処分に当たるものとして、裁定に対してのみ抗告訴訟の提起を許し(ただし、この場合には、行政事件訴訟法一〇条二項は適用されず、原処分の違法も当然主張できる。)、原処分については出訴を禁止してこれを争わせないこととするとともに、その訴訟につき一審級を省略し専属管轄とするなどの特例を認めているものと解せられる。
2 ところで、控訴人は、右のとおり調整手続法五〇条によつて禁止されている訴えは、原処分の取消しの訴えのみであつて、原処分の無効確認の訴えは同条の禁止するところではない旨主張する。
しかしながら、そもそも、同条の文理からは、右主張のごとき区別があるとは認められず、むしろ、取消しの訴えのみでなく、無効確認の訴えをも含めて、原処分に対する抗告訴訟自体を禁止しているものと看取できる。この点につき、試みに同条と同様にいわゆる裁決主義を採つている特別法の規定をみてみると、土地改良法八七条一〇項は、土地改良事業計画に関し、これに不服のある者は異議申立てについての決定に対してのみ、「取消しの訴え」を提起することができる旨を定めており、弁護士法六二条二項、電波法九六条の二、船舶安全法一一条一・三項、たばこ専売法一五条五・六項、塩専売法一五条七・八項、農産物検査法一九条四・五項、優生保護法九条、九条の二、植物防疫法三六条二・三項、真珠養殖事業法九条、地方税法四三四条、労働組合法二七条七項等も、同旨の定めをしているので、これらの規定においては、原処分に対する出訴が禁止されるのは取消しの訴えのみであつて、原処分の無効確認の訴えは禁止されていないとみる余地がないではないけれども(もつともそのように断定することの当否は問題であろう。)、調整手続法五〇条は、前記のとおり、裁定を申請できる事項に「関する訴」は裁定に対してのみ提起できる旨規定し、文理上、その提起できる訴えを「取消しの訴え」とは限定しておらず、特許法一七八条六項、海難審判法五三条四項等も、同旨の定めをしているので、これらの規定においては、その文理及び右土地改良法等の規定の文理との対比からして、裁定(審決、裁決)に対する無効確認の訴えは認められるとみる余地はあるものの、原処分に対する出訴の禁止につき、取消しの訴えと無効確認の訴えとを区別して考えるべき根拠は見出し難く、その両者とも禁止されているとみざるをえないのである。
また、実質的な観点から考えても、いわゆる裁決主義は、原処分及び裁決のいずれに対しても抗告訴訟を提起できるという行政事件訴訟法上の原則の例外を設ける特別の必要があるとして、個別法により立法され、処分の技術性の強さや裁決手続の慎重さ等にかんがみ、裁決をもつて行政権による最終的な意思決定であるとして、抗告訴訟の対象を裁決に限定し、それのみしか争えないことにしているものであり、このことは、控訴人主張のごとく、単に行政事件訴訟法八条一項ただし書所定の特例ではなく、同法そのものに対する特例であるとみられるから、いわゆる裁決主義のもとにおいては、原処分はこれについて審理判断される裁決に吸収され、裁決が原処分を包含した別個独立の行政行為となり、その結果、原処分は、無効確認の訴えを含む抗告訴訟の対象たる適格性を失う(採石法三三条の認可に係る処分についていえば、同処分は公害等調整委員会の裁定により再検討されるべき関係にあり、その裁定が右処分に関する最終的な独立の行政行為となつて、右処分は、取消しの訴えのみならず、無効確認の訴えの対象ともなりえないものとなる。)と解するのが相当であり、そうでなければ、特別の必要があるためになされている筈のいわゆる裁決主義の立法の意義が減殺され、妥当を欠くというべきである。
のみならず、行政事件訴訟法三八条二項の規定に徴すると、処分の無効等確認の訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決に係る抗告訴訟とを提起できる場合がある反面、後者のみが認められ前者は許されない場合のあることも予想しているとみられるのであつて、このことは、いわゆる裁決主義が採られている場合に原処分の無効確認の訴えは提起できないと解することの一の裏付となるものと考えられる。
したがつて、控訴人の前記主張は採用し難い。
3 もつとも、右のように解することに対しては、審査請求、裁定申立て等につき期間の制限が法定されているため、その期間を徒過し裁決等が得られなかつた場合には、結局、原処分に重大かつ明白な瑕疵があつても、救済の方法がないことに帰し、正義に反する、との批判がありうると考えられ、この点は一応問題である。
しかしながら、採石法三三条の認可に係る処分について考えてみると、同処分に対する裁定の申請期間は、原則として、処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内とされてはいるが(調整手続法二五条一項本文)、天災その他裁定の申請をしなかつたことについてやむをえない理由があるときはその理由がやんだ日の翌日から起算して一週間以内に申請することができるとされており(同条一項ただし書、二項)、また、処分があつた日の翌日から起算して一年を経過したときは申請することができないとされてはいるが、正当な理由があるときはこの限りでないとされており(同条三項)、なお、郵便で申請した場合においては申請書の郵送に要した日数は申請期間の算定上これを算入しないこととされている(同条四項)など、申請期間についてかなり弾力的な定めがなされているので、実際上、裁定の申請の機会を失することはほとんどないものと考えられるから、右処分の無効確認訴訟を許さないことにより、不当に権利救済をはばむことにはならないというべきである。
また、控訴人が、本件処分の取消しを求めて、公害等調整委員会に裁定の申請をし、これを棄却する旨の裁定がなされたため、その取消しを求めて、東京高等裁判所に訴えを提起したことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、控訴人が右の訴えにおいて主張している裁定の取消原因と本件訴えにおいて主張している本件処分の無効原因は全く同一であることが明らかであるから、前記のようないわゆる裁決主義の内容にも照らし、少なくとも、本件処分の無効確認を求める本件訴えについては、前記のように解して何ら差支えないというべきである。
4 以上の次第であつて、本件訴えは、調整手続法五〇条の規定により禁止されているといわざるをえないから、原告適格ないしは訴えの利益の存否を論ずるまでもなく、不適法として却下を免れないものというべきである。
二 そうすると、本件訴えを不適法として却下した原判決は、結論において相当であるが、その理由を、本件訴えが前記裁定取消しの訴えと重複し訴えの利益を欠く、としている点において不当である。しかして、このように、第一審が訴えを不適法として却下した理由は不当であるが、他の理由でなお訴えを不適法と解すべき場合において、控訴審は、民事訴訟法三八四条二項の規定により控訴を棄却すべきか、第一審判決を取り消すべきかが問題となるが、訴え却下の判決が確定した場合には、その判決における具体的な訴訟要件欠缺の判断が、既判力により、その欠缺を補正しないまま提起された後訴の受訴裁判所を拘束する関係にあるというべきであるから、同法三八六条に則り、第一審判決を取り消したうえ、あらためて訴え却下の自判をするのが相当であると解する。なお、この点に関し控訴人は、第一審判決を取り消す以上、事件を差し戻すべきであつて、控訴審において自判することはできないかのように主張するが、同法三八八条は、訴えを不適法として却下した第一審判決を取り消す場合には事件を差し戻すべき旨規定しているけれども、その趣旨は、右の第一審判決が不当であり本案判決をするべき場合において、控訴審が本案につき自判をすれば、第一審で本案の審理判断がなされていない関係上、当事者が審級の利益を奪われるという不都合を生じるため、これを避けようとするところにあるから、控訴審においても、理由は異なるにせよ、訴えを不適法として却下すべきであると判断した場合には、同条の適用はなく、直ちにその旨の自判をすべきものと解せられるので、右主張は失当である。
よつて、原判決を取り消し、本件訴えを却下すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本勝美 山脇正道 礒尾正)
別紙(一)
控訴人の主張
一 瑕疵ある行政行為は、その瑕疵を原因とする法的効果の違いにより、普通一般に、私法上の法律行為におけると同様、無効の行政行為と取り消し得べき行政行為と区別すべきものとされてきた。
そして、行政行為の無効とは、行政行為の一定の瑕疵に結びつけられた実体法上の効果であつて、無効の行政行為と取り消し得べき行政行為との違いは、それぞれの瑕疵の軽重に対応して付与される実体法上の効果の違いである。従つて、無効の行政行為と取り消し得べき行政行為の原因となる各瑕疵類型は、その境界が不分明であることはあるにしても、本来、無効と取消しという全く異なる実体法的効果を生み出すものであつて、この間には、大は小を兼ねるという量的差異ではなく、質的相違を認めるべきである。
すなわち、無効の行政行為には、公定力、不可争力、自力執行力等の一切の効力は存在せず、正規の取消しを経なくとも、はじめから有効な行政行為としての一切の拘束力を有しないとされ、正規の取消しを経てはじめて右拘束力を失なうとされる取り消し得べき行政行為とは明らかに異なるのである。
二 無効の行政行為と取り消し得べき行政行為のこの実体法的効果の違いが前提としてあり、それが各行政行為の争訟手続の違いへと結びつくのである。逆に言えば、各行政行為の争訟手続の違いを根拠付けるものは、正しく各行政行為の実体的効果の違いである。
すなわち、無効の行政行為は、前述のとおり、有効な行政行為としての一切の拘束力を有しないのであるから、行政行為の相手方としては、直接に行政行為の無効を前提とする民事訴訟等を提起できるし、受訴裁判所も先決問題の審理に際しては無効の行政行為には拘束されない。また、行政事件訴訟法では、無効の行政行為に対して特に無効等確認訴訟という抗告訴訟を認めており、これには、原判決も指摘するとおり、取消訴訟の提起について設けられている出訴期間、審査請求前置等の諸制約は適用されず、また、事情判決の制度も適用がない。
原判決は、無効確認訴訟が取消訴訟と別個の訴訟類型として認められた理由について、取消訴訟に関する前記諸制約のため取消しを求め得ない場合を生じるが、重大かつ明白な瑕疵がある場合にまで、瑕疵ある行政処分の効力を争い得ないものとすることは社会正義に反するためだと述べている。
確かに右理由は否定できないにしても、重大かつ明白な瑕疵があるとき、何故、前記諸制約が適用されないのかの理論的根拠は、これでは不十分であり右瑕疵は、これを伴なう行政行為を実体法上無効とするものであり、無効であれば、法的制約のない限り、いつでも誰でも主張できるからであると言わなければならない。
このように、無効確認訴訟と取消訴訟との訴訟物は、明らかに異なる。
三 両訴訟における訴訟物が異なることは、行政庁を被告とする処分又は裁決の取消しの請求と無効等確認の請求とを選択的又は予備的に併合することができるとされていることからも明らかである。
無効原因と取消原因とは、既に述べたところから異なるものであるので、概念的には、無効原因は取消原因でもあるという関係にはないのであるから、無効確認訴訟と取消訴訟とを併合請求しようと、あるいは別訴で提起しようと、当事者(原告)の選択に委ねられるべきであり、本件の如く、別訴で係属したとしても、訴訟物が全く別個である以上、請求の不要な重複に該るなどとは到底言えない。
原判決が判示したところからすると、前述の併合請求も認められない結果となり、今日までの実務の取扱いと大きく隔ることとなる。
また、両訴訟が別訴で係属したときには、無効確認訴訟の受訴裁判所は、本来取消訴訟の受訴裁判所の職権調査事項でありその最終的判断事項である訴訟要件について、判断をなし、そのうえで訴の利益の存否を判断せざるを得ないこととなつて、はなはだ不都合である。
原判決は、取消訴訟において無効原因がある場合でも単に取消判決をするのが実務の取扱いであることも、結論に導くひとつの根拠としているが、これは実質的には、訴訟経済等を考慮したものであつて、本来、取消訴訟における確認判決であることから、無効原因と取消原因とが別個であることを否定する根拠とはなり得ない。
以上述べたことから、原判決は誤つており、破棄を免れない。
四 なお、原判決は、本件訴えが請求の不要な重複に該るという理由で訴えを却下しているので、控訴審が控訴を棄却できるのは、右却下の理由である訴訟要件の欠缺が認定できた場合に限られるというべきであるから、控訴審において仮に被控訴人の主張する他の訴訟要件の欠缺又は原告適格の欠如が認定されたとしても、控訴を棄却することはできず、原判決を取り消して本件を原審に差し戻すべきである。
別紙(二)
被控訴人の主張
控訴人は無効等確認の訴えの原告適格を欠くものであつて本件訴えは不適法である。
無効等確認の訴えは、無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる(行政事件訴訟法三六条)のであつて、処分等の無効を前提又は理由として現在の法律関係の存否を争うことができるものについては、提起できない。
行政事件訴訟法が無効等確認の訴えの原告適格をこのように制限したのは他の救済手段(取消訴訟を含む。)によりうべきときはその方法によるべきものとし、それらの方法によつて救済の得られない場合に、補充的な救済手段としてこの訴えを認めているからである。
控訴人は、本件処分の無効確認を求めなくても本件処分を受けた訴外会社に対し共有持分権を有することの確認を求め、あるいは共有持分権についての妨害禁止等を求める現在の法律関係に関する訴えによつて控訴人の求める目的(原判決事実摘示一請求原因3)は充分達しうるのみならず、東京高等裁判所には本件と同一の瑕疵を理由とする本件処分に関する取消訴訟が現に係属しているのであるから、補充的救済手段たる無効等確認の訴えは明らかに許されないのであつて本件訴えは不適法である。